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[第10回]藤原 和博さん

 民間出身者初の公立中学校長として、東京都杉並区和田中在任中には「よのなか科」「夜スペ」など斬新なアイデアを次々に実践してきた藤原和博さん。前職であるリクルート時代はロンドンとパリに駐在し、住み手がコツコツ家に手を入れる暮らしぶりを経験。その後日本に帰国し『ネオ・ジャパネスクな家』をコンセプトにした自宅を建てたのだとか。豊富な経験と行動力を武器に取り組んだ家づくりの経緯や、住まいのこれからについてお話を伺いました。

教養として、住み手自身がもっと住まい方を考えるべき

—-著書『建てどき』(現在は文庫化し『人生の教科書 家づくり』として発売)を拝読しました。住宅本は数多くありますが、建て主が書いたノウハウ本、というのは新鮮ですね。
藤原「僕自身、家は『買う』ものではないという考え方なんだけど、巷で売られている本は圧倒的に『売り手から買い手』に向けて書いたものが多い。私のような本は珍しいでしょうね。衣食住のうち、食通やファッション通はいるのに、なぜか住生活には通の世界がない。生きていくうえの教養として、住み手自身がもっと住まい方を考えるべきだと思います」

—-海外、特にヨーロッパでは学校の授業で「家の建て方」「住まい方」を教える国が多いと聞きます。日本でもこうした授業があると住宅に対するリテラシーが高まると思うんですが。
藤原「背景として、海外は日本に比べ地価が圧倒的に安いというのがあります。だから建物にお金をかけて、しっかりメンテナンスをして高く売ろうとする。以前イギリスとフランスに計2年半住んでいましたが、日曜ごとにペンキを塗ったりタイルを張り替えたり、ということはどこでもやっていました」

—-住み手が部屋をいじるのが当たり前、というか、むしろそれが豊かさの表れなのだと聞きます。
藤原「フランスに住んでいた時の話ですが、普通の中産階級の方がノルマンディー地方の古い農家を300万円で手に入れ、週末ごとに壁を塗ったり、屋根を葺き替えたりして少しずつ手を入れているんですね。聞いてみたら、3世代に渡り20年かけて修繕を続けている、と。ようやく完成し、家族がお世話になった人や親族を招待して披露パーティを開くということで、僕達夫婦も招待されたんですが、『全員20年前の写真を持参すること』というルールがあった(笑)。かけた時間を楽しもうとする文化が根付いているんですね」

—-地価が高い日本では土地に資産価値を求めるので、なかなか建物に手間をかける考え方が定着しません。
藤原「そうですね。ただ私は、この先もう地価が上がることはないと思うんです。欧米ほどではないけど、日本でも土地が資産価値に占める比率は下がってきます。そうすると、建物や住まい方に必然的に意識が集まってくる。そういう時代にシフトしつつあります」

家づくりは、自分達の人生の価値観を見直すこと

—-ご自宅を建てるとき、「ネオ・ジャパネスクな家」というコンセプトは、どのような発想で生まれたんですか。
藤原「ヨーロッパ暮らしを通じて洋風の家の良さもわかりましたが、日本ではやはり、気候風土に合う木の家を心地よく感じる感性があると実感しました。でも昔ながらの骨太な民家は、現代のライフスタイルにそぐわない。それなら現代の日本人が住むための、新しい和の家を作ってみようと思ったんです」

—-最近は藤原さんのような「新しい和の家」に住みたいという方が増えているように感じます。
藤原「ハウスメーカーの企画型住宅などでも、最近はだいぶそうしたテイストの家が増えてきましたね。家を建てる層が、欧米のライフスタイルに憧れる世代から次の世代に代わってきたんでしょう。日本の風景にはやはり日本の家が美しくなじむと、再確認できたんじゃないのかな」

—-「ネオ・ジャパネスクな家」は、具体的にはどのようなところがいいと思いますか。
藤原「高温多湿な日本の気候に合う造りで、風景になじむ抑制の美があるというのが、まず第一。あとは何といっても、あいまいに仕切り、フレキシブルな空間をつくれるところでしょう。例えば私の家では1階のリビングが20畳くらいあるんですが、ソファは置かずにダイニングテーブルのみ。その代わり、40cm床を上げた和室を隣接させています。この40cmの段差がリビングと和室の関係に立体感を持たせてくれます。段差がない和室だったら、ゴロッと寝転がろうという気にならないと思いますよ」


「住宅マニア」ではなく、住み手が主役になる「お宅通」になることが大切だと話す藤原さん


「ネオ・ジャパネスク」の思想は住宅だけに留まらない。腕時計も諏訪の時計師と共同開発した


藤原氏の「ネオ・ジャパネスクな家」。全体に高さが抑えられ、横のラインを強調した「和」テイストながら、モダンな印象に仕上げられている(著書『建てどき』より)


—-写真を見ると、確かに段差の有無でだいぶ印象が変わりそうですね。
藤原「最近は『バリアフリー』でとにかく段差をなくし、手摺りをつけようとする風潮があるけど、本当に危ないのは10cmとか15cmくらいの小さな段差。実は、家には多少のバリアがあったほうが、刺激や運動量が増えてむしろ健康にいいんです」

—-この段差以外にも、”家づくりの常識”を根底から見直す作業をしたのだとか。
藤原「洋風の家、バリアフリー、ソファのあるリビング。僕の家で全て排除したものです。これから家づくりを考える人は、家に対するイメージの呪縛のようなものを一旦追い払ったほうがいい。吹き抜けは本当に必要か?デッキでバーベキューなんて本当にするのか?子どもは個室で勉強するのか?ご主人は書斎でじっと本を読むのか?こうした見直しをひとつひとつする作業は、いわば自分達の人生の価値観を見直すことなんですよね」

家でパブリックに対する意識、他者との関係のとり方を学ぶ

—-必要以上に便利すぎるのも良くないとお考えなのだとか。個人的に大変共感します(笑)
藤原「わかりやすいところで言うと、うちのドアホンにはテレビモニターが付いていません。モニター画面に頼りすぎると、声だけでどんな人か想像する能力が衰えると思うんです。それと、キッチンとバスルームはメーカーの中級規格品を採用しました。多くのユーザーに使われているということは、それだけ品質が安定しているということなんです」

—-日常的に酷使する部分はシンプルな機能で十分だと。その分、家のシンボルになる部分には力を入れ、オリジナルを発注したのだとか。
藤原「玄関ドアは近隣100軒位を自転車で回り、既製品で気に入ったものがなかったので特注で造りました。洗面ボウルは妻が陶器市で気に入った作家に作ってもらい、和室の4枚の襖も高級和紙を貼ってコーティングしたオリジナル仕様。リビングには画家に注文して、3人の子どもの干支が入った絵を飾っています」

—-どれひとつとっても、思い入れ、存在感が十分ですね。2階の子ども部屋は、広いワンルームでお子さん達が一緒に過ごしていたようですが。
藤原「さすがに今は大きくなったので仕切っているけど、簡易的な仕切りなので隙間から隣の音が聞こえてくる(笑)。好きな音楽が聴けないと長男は不満なようですが、僕はそこでパブリック(公衆)に対する意識や、他者との関係のとり方を学べると思うんですよ。最近はこうした力が低下して、家の外でも学校でもリビングの延長みたいに考えている人が増えているようですが、家のつくりや住まい方が与える影響は案外大きいと思いますね」

—-なるほど。現代は色々な意味で住まい方を根本から見直す時期に来ているのかもしれませんね。最後に、これからの住まいに対する藤原さんの考えをお聞かせいただけますか。
藤原「先ほどお話ししたように地価は多分上がらないので、土地を所有せず借地や賃貸でクオリティの高い暮らしを手に入れるということも、これからは視野に入れるべきでしょうね。ただ現在は良質な賃貸の一戸建てが圧倒的に少ないので、団塊以上の方が郊外の持ち家を子育て世代に賃借できればいい。団塊の方たちは、その賃料で都心のコンパクトなマンションに住みつつ、価格が暴落しているリゾートマンションなども破格で借りて、双方を行き来しながら余暇を楽しむ。皆が満足するこんな仕組みがもっと定着すればいいと思いますよ」

藤原和博さん プロフィール
1955年東京生まれ。1978年東京大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長などを歴任後、1993年よりヨーロッパ駐在、1996年同社フェローとなる。2003年より5年間、都内では義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を務める。08年、橋下大阪府知事ならびに府教委の教育政策特別顧問に。著書は『人生の教科書[よのなかのルール]』『人生の教科書[人間関係]』(ちくま文庫)など人生の教科書シリーズ、『リクルートという奇跡』(文春文庫)、『校長先生になろう!』(日経BP)、ビジネスマンの問題解決に必須の情報編集力を解説した『つなげる力』(文芸春秋社)等。
よのなかnet http://www.yononaka.net
『人生の教科書 家づくり』
ちくま文庫

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