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[第12回]鶴田 静さん

 東京から特急電車で2時間。房総半島に突き出た鴨川の岬から程近い丘陵に、楽園がありました。15年余にわたる古民家暮らしを経て、5年半前からこの地に居を構えた鶴田さん。自然を抱きかかえるように360°の大パノラマをほしいままにするお住まいは、夫であるカメラマンのエドワード・レビンソンさんと共に文字通り「手仕事」で作り上げていったものでした。梅雨の晴れ間、田園生活の極意を教えていただきに、鶴田さん宅を訪ねました。

30年来のシンプル・ライフを形にした「ソローヒル」

――県道から家にたどり着くまで250mほど、草の薫り豊かな農道を登ってきました。まず道をつくるところから家づくりは始まったのだとか。
鶴田「この土地は、不動産屋が何回代わってもずっと買い手がつかなかった元棚田で、はじめて見た時は荒れ放題。でも、遮るものが何もない眺望の素晴らしさに一目ぼれしてしまい、10分で購入を決めました。水道も電気も水もなくて、すべてがゼロからのスタート。夫は家づくりに先立ち、ダンプで砂や砂利を何度も何度も運んで、コツコツと細い農道を広げていきました。あの道はそんな夫の奮闘に敬意を表して、通称のエドにひっかけ『恵道(えどう)』と呼んで います」

――まさに開拓、という言葉が相応しい感じです。鶴田さんが名付けた「ソローヒル」の言葉は、『森の生活』のヘンリー・D・ソローに由来しているそうですね。
鶴田「私達はソローが唱えたシンプル・ライフを生き方の目標にしています。虚のない、ありのままの単純な暮らしをしたいと考えて、この地に天然材を使った素朴な家を建て、自分たちの食べる野菜を育て、光や風、鳥の声を聞く生活を送っています。ソローヒルにはもうひとつ、丘の上に建つ一軒家(ソロ)という意味も込めています」

――今、庭で採れたドクダミを煮出したお茶をいただいていますが、口にするものはほとんど自給自足なのでしょうか。
鶴田「自給自足というか、その季節に採れるもの、普通にあるべきものを食べるようにしています。買いに行くのは調味料や大豆食品くらいで、自分で育てられるものはだいたい庭で作っています。とはいっても、農業のような大それたものではないんですよ。私は『野菜花壇』と呼び、フランスでは『ポタジェ』と言うのですが、草花と一緒に自分たちが必要な分だけ、野菜を有機農法で農薬や殺虫剤を使わずに育てて食べています」

――ベジタリアンでいらっしゃいますよね。いつ頃からこのような生活になったのでしょうか。
鶴田「ロンドンにいた76年からなので、もう30年以上です。ロンドン時代から野菜づくりをはじめて、東京に戻って夫と一緒になってからも続けていましたが、だんだんと手狭になってきて。その後、偶然知人が住んでいた房総の古い農家を引き継ぐことになり、88年に東京から鴨川に引っ越してきました」

――古民家での暮らしはいかがでしたか
鶴田「東京から来た身には、とても過酷でしたね(笑)。隙間風ですごく寒いし、軒が深くて室内に陽が入らないから、昼間も電気をつけて暮らしていました。夫は何とか快適に暮らせるようにと、水屋を20畳のキッチンにしたり、土間を16畳の食堂にしたりと、せっせと改造していました。古い農家ってすごく広いでしょう?だからその空間感覚が染みついてしまって、この家の設計をした時も小さくつくれなくて困りました(笑)」

「どうして私がこんな素晴らしいところに住んでいるのかしら?」

――ソローヒルは、入口を入るとご夫婦それぞれの仕事場やご主人のギャラリーがある平屋の棟があり、その奥にプライベートを過ごす2階建ての棟という配置。平屋と奥の棟の2階部分を渡り廊下でつなぐという、とてもユニークな設計ですね。
鶴田「この土地は6段の棚田からなっていて、1段分の間口が2間半しかありません。斜面を造成して平らにすると地崩れが起こる可能性があるということで、地形を活かしつつ明るさと暖かさ、景色を取り込む方法として、自然とこの形になりました。上から2段分を家に使い、その下の段は庭です」

――やむを得ない事情が、結果として、とてもドラマティックな空間構成に転換したように思います。それにしても間口2間半より広く感じます。
鶴田「なるべく物は置かないようにし、特に高い家具を壁際に置かないこと、薄手のシンプルなカーテンでボリュームをとらないようにすることなど、広く見せる工夫はいろいろ考えました。2つの棟の間を30畳の広いデッキでつないでいるのも効果として大きいように思います」


丘の上に建つソローヒル。棚田の段差を活かし、手前のライフゾーン(2階建)の2階と奥のワークゾーン(平屋)を室内廊下でつないでいる


2棟の間につくった広いデッキから、鴨川の田園風景が一望できる。
斜面に自生するネムノキが顔を出し、格好のアクセントに


(左上)ソローヒル玄関にて。アールヌーヴォー風のアイアンワークが印象的な扉は知人の木工作家、ムッシュウ岡本氏の作
(左下)無垢材の梁が力強い吹き抜けのLDK。どの開口部からも燦々と陽が降り注ぐ
(右上)写真家のご主人のピンホール写真が展示されたギャラリー
(右中)庭で採れた無農薬有機栽培の保存野菜は、おいしいオブジェに
(右下)食事は食卓のすぐ向こうに見える景色を味わいながら

――家のつくりそのものがとてもシンプルで、周囲の大自然と馴染んでいるというのもありますね。家の中と外がつながっているような気がします。
鶴田「外観もインテリアも、奇をてらわずシンプルさを大切にしました。日本の伝統的思想である『無』の感覚に近いですね」

――室内に目を移すと作家物の家具や設備、アンティーク、自然のオブジェ、アートが絶妙なバランスで配されています。
鶴田「以前住んでいたイギリスでは、ウィリアム・モリスのアーツ&クラフツ運動発祥の地だけあり、自然や伝統に美を見出す文化が自然に定着していて、私も大きな影響を受けました。ソローヒルはたくさんの方の力やご縁をつないでできた場所です。今ここで自然のままのもの、昔からあるものを大切に活かしながら、ごく普通の暮らしができることに、感謝の気持ちでいっぱいです」

――それにしても、ここにいると目の前に森や田園風景が広がって鳥になったようです。
本当に心地いい家ですね。
鶴田「リビングの大きなソファで横になり、クラシックを聞きながらぼんやり外の森を見て『どうして私がこんな素晴らしいところに住んでいるのかしら?』と思うこともしょっちゅうです(笑)。この家に住んでから、いろいろなことに焦りやこだわりがなくなりました。自然に任せるようになったというか、楽になりましたね」

環境は人に大きな影響を与えるもの。人任せにするのはもったいない

――ソローヒルをつくる際、先ほどの「恵道」もそうですが、ご夫婦でかなり積極的に参加したのだとか。
鶴田「家をつくる時っていろいろ考えるでしょう。どんな家に住みたいのか。これからの人生、どう生きていくのか。そのためにどんな場が必要なのか…って。私はずっと、環境は人に大きな影響を与えると思っているのですが、家はその最たるもの。それを人任せにするのはもったいないし、せっかくだから自分自身でつくる喜びを味わいたいと思ったんです」

――自分で作った家だと、住み始めてからも格別の愛着がわきますからね。
鶴田「本当にそう。自分の好み、力、汗があちこちに込められた家は、自分の体の一部と同じだと感じます」

――エコ素材や環境に配慮した設備を積極的に取り入れたのだとか。
鶴田「木材は天然の無垢材に蜜蝋ワックスを塗り、壁は桜島の火山灰を主原料にしたシラス壁です。電気は太陽光の自然エネルギーをできる限り利用し、水は井戸を掘りました。庭の水撒きなどには雨水を貯めて利用しています」

――鶴田さんご夫妻が実際に作業をされたのは、どの部分ですか。
鶴田「土地の草刈りから始まり、家の内壁と外壁塗り、断熱材のはめ込み、キッチンのタイル貼り、キッチンとリビングを仕切る壁の煉瓦積み、デッキの防腐剤塗り、パティオのタイル敷きや裏口の通用路づくり・・・ほかにもいろいろと手伝いました。実際に建てたのは地元で実績のある工務店ですが、設計は主に夫が大枠をつくり、細かい部分は私が考えています」

――鶴田さんのような家づくりをしたいと考える人も多いと思います。何かアドバイスはあればお願いします。
鶴田「日本では新しいものばかりを重宝したり、何々風みたいなオリジナリティのない家づくりが多いですね。安易に業者に頼み、自立していないように思います。家は単なる入れ物ではなく、生きていくうえで人と密接につながっているもの。せっかくのチャンスなので、もっと個人の趣味や価値観を大切にして、家づくりに反映することができれば、きっと満足のいく世界でただひとつの家ができると思います。そしてもうひとつ、家は建物だけでありません。周囲の緑や自然と調和して、初めて完成するものだと思っています」

鶴田静さん プロフィール
東京都生まれ。2年間のイギリス滞在後、初めてのエッセイ集を出版。以来、暮らし、菜食文化、植物に関する本や訳本を多数執筆している。1988年より房総半島の古民家を改装して15年住み、文章、写真、菜食文化を通して自然との共生の歓びを表現。その後、新たな創造の場として自宅&仕事場「ソローヒル」を建てた。著書に『犬がくれた幸福』(岩波書店)、『ベジタリアンの文化誌』(中公文庫)、『田園に暮らす』(文春文庫PLUS)、『丘のてっぺんの庭 花暦』(淡交社)など。
オフィシャルサイト「鶴田静ホームページ」
http://www.t-shizuka.com/
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