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建築家の自邸を訪ねて 人が集まる50畳大の家族室 葛西潔 邸

 葛西潔さんの家は東京の西、武蔵野の地にある。65坪という、都内では恵まれた広さの敷地に自邸を建てたのは18年前。葛西さんが38歳、既に成人した二人のお子さんが4歳と2歳の時だった。

 設計に7年もの年月がかかったのは、「ベターじゃなくてベストなものにしたいと思ったから」(葛西さん)。「一般の人にとっては自分の家を建てるイコール『マイホーム』が欲しい、ということだけど、我々設計者はそれとは違って『自由に設計できる』のが楽しいわけで。そんな機会は一回しかないなと思ったから。それに、クライアントの家を設計して空いた時間にやっていましたから、度々中断して(笑)」時間がかかったという。

 大きなテーマとしたのは「広い家族室」をつくること。家族がいつも一緒にいられて、それぞれが違うことをしていても気にならない空間とするには「広さ」が必要だと、葛西さんは思った。小さい子どもがサッカーをして、もう一人がピアノを弾いて、それを6畳でやられてはたまらないが、広さがあれば解決できる。

 そう考えてつくった葛西邸の50畳の家族室は正解だった。結果として、家族はいつも同じ空気の中にいるという。「私が家で起きている時間は朝の1時間と夜の1時間だけですが、その間ずっとここにいますから。この住宅で、住宅設計のテーマが明確になったと思っています」(葛西さん)。以来、設計する家には広い家族室をつくり、クライアントもほとんどそれを望んでくるという。

 葛西さんが設計する住宅のもう一つの特色は、「木箱」という考え方による構造。詳しい工法の説明は葛西さんの事務所のウェブサイトに譲るが、建築を木のフレームで支える単純な箱型とすることで、内部に柱の必要ない大空間を確保し、コストを抑え、素人でも工事が可能な住宅モデルを開発したのだ。

 特許を取ったオリジナル工法の「木箱212」シリーズは、限定100棟のうち既に53棟が完成、30棟を超えたあたりから問合せが増え、今は予約が入っている状態だという。

 葛西邸は、鳥居をつなげるような構造の木箱212シリーズとは違い、板を斜めに交差させてつくる斜交格子フレームで大空間を支えているが、木箱のプロトタイプとして開発した最初の住宅であり、当時この構造を鉄骨や鉄筋コンクリートでなく、木造で実現した点が画期的だった。

 木箱212の考え方で住宅をつくるメリットは幾つもある、と葛西さんは言う。まず、部材の種類が少ない単純な工法なので、素人でも建てられるという点。つまりローコストで施工でき、坪単価は40万円台から可能だという。施工が簡単で安いということは、多くの人に広められるということにもつながる。

 次に、フレームで支えるラーメン構造で耐震性を確保しているため、柱や壁パネルが必要なく、室内に大空間が確保できる。また、仕上げをせずに構造を現しにするため、構造体の木が腐りにくく、内部に面した壁部分を全て収納として使える。

 さらに、単純な大空間の箱は必要になったら間仕切りすることもでき、将来の生活変化に応じて間取りを変えやすい。葛西邸も、ご長男の部屋が家族室の中空に設けられたロフトのような形でつくられているため、希望されれば個室として仕切ることもできるが、20歳になる今も建てた当時のまま。結局どこも大きく変えることなく、お子さんたちは成人したという。




長さと奥行きが9m×9m、高さが5mという大きな箱型でつくられた家族室。正面は水回りが収められた扇形の空間で、その2階部分がロフトのようなスタイルでご長男の寝室になっている。


駐車スペースから見た外観。右手の家族室棟と左手の個室棟をブリッジがつなぐ。「家は見るものじゃなくて体験するものだから」(葛西さん)スロープやブリッジなどの装置をつくり、いろいろな高さで移動や、家の中の眺めを楽しめるよう意図されている。

 家族の意見は全然入れなかったという葛西邸。
 夫人の京子さんは「細かい希望を言えばキリがありませんが、不満よりもこの大きな家族室が与えてくれるプラスの方が大きかったので、結果としてよかったですね。子どもが小さい頃は子どもの友達とそのお母さんとか、すごくたくさん人が集まる家でした。天井の高いのがいいですね。ここに慣れてしまったので、たまに普通の間取りのマンションなどに行くと『あれ、天井が低いな』と思ってしまいます」と、感想を話してくれた。

 家族や仲間が集まれる大空間をメインにした、変化に対応できる単純な箱。比較的安くて施工が簡単な木箱は、特別の大金持ちでない普通の人にとっても家を建てるということを身近に、現実味を帯びて考えられる選択肢にし得る。より多くの普通の人を幸せにする住宅モデルをつくり、それを実際に広めて150棟以上を提供している葛西さんはすごいと思う。

 世の中に技術力とアイデアと良識のある建築家はいっぱい存在していて、建築家が設計する住宅の多くは確かに機能的で美しいのに、その恩恵に預かれる建て主がほんの一握り、という現実を残念に思うからだ。理由の一つは、建築家のつくる家が個々の特殊解であり、普遍性を持たせるのが難しいからであろう。そこに普遍性を持たせた「木箱212」を開発し、提供を実践し続けている葛西さんの設計活動は、社会的に意義深いことであると思う。

 「木箱212シリーズが百棟完成したら、次にまた違うことをやるんでしょうね」と言う葛西さん。次はどんな住宅のプロトタイプを開発して、広めてくれるのかが楽しみだし、それがどんなかたちであれ、きっとまた普遍的な要素を持っているに違いないと、葛西邸の大きな家族室の天窓から落ちる光の中で、私は考えていたのだった。

葛西潔さんプロフィール
1954年東京生まれ。80年東京工業大学大学院修了。82年葛西潔建築設計事務所設立。東京都建築士会「住宅建築賞」「住宅建築賞審査員特別賞」、AMERICAN WOOD DESIGN AWARD優秀賞、東京都建築士事務所協会「東京建築賞」戸建部門最優秀賞受賞。一級建築士。
葛西潔建築設計事務所
東京都杉並区久我山3-26-5 TEL:03-3247-3041 FAX:03-3247-3042
EMAIL:kkasai@d4.dion.ne.jp
http://www.ac.auone-net.jp/~kkasai/  
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