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建築家の自邸を訪ねて 小ささゆえに身近で親密な家 フィリックス・クラウス&吉良森子 邸

 吉良森子さんといえば、オランダ在住の建築家として名前を記憶している方もいるかもしれない。私も以前、吉良さんを紹介する雑誌の記事を読んだことがある。40歳代前半という日本人女性が、ヨーロッパ建築界の第一線で活躍していることに驚き、設計した建物をいつか見せてもらいたいと思っていた。

 吉良さんに会うチャンスは、意外に早く訪れた。吉良さんが共に生活するパートナーである建築家のフィリックス・クラウスさんの設計で、二人の家を日本に建てたのだという。さっそく取材と撮影をお願いすることになった。

 二人はアムステルダムにそれぞれ設計事務所を構え、ヨーロッパを中心に建築設計をしているが、日本での仕事もあるため毎年4、5回は日本へ往復する生活が続いていた。これまで日本滞在中は、あちこちのホテル暮らしを楽しんできたが、「住んでみなければわからないこともあると思って」(吉良さん)、家を建てることになった。

 場所は東京、青山。建築家と価値観を共有しながら土地を斡旋してくれる不動産会社「トランジスタ」の代表、木村茂さんの紹介で、東京の幾つもの土地を見て決めたのがここだった。

 「最初青山と聞いて、ええーっそんな分不相応でしょ、と思ったのですが、木村さんに『なかなか出ない場所だから是非見に行こう』と勧められて。辺りを歩いてみると、青山といっても原宿や表参道の喧騒からは離れていて、昔ながらの商店街やお年寄りが住む下町っぽさと、若い人がお店を開くような新しさの両方が感じられるのが面白くて、ここに決めました」(吉良さん)。

 敷地の広さは約50㎡。南と東側は隣の建物がぎりぎりまで迫っている。建築家でもなければこの土地を見に来て、快適な住宅が建てられるとは思えないだろう。しかしそこは建築家だ。「佐川急便のトラックみたいでしょ」と吉良さんが笑う軽やかな外観の建物は、中に入ると意外性に富んだ、十分に豊かさを感じられる空間が広がっていた。

 格子の木戸を開けて敷地に足を踏み入れると、まず玄関までの細いアプローチが、昔の家の露地を歩いているみたいで面白い。建物の幅が、敷地に対して奥へ行くほど広がっているため、アプローチに遠近感が強調されて、実際より長く感じる。この遠近感は内部に入っても同様に効果を出していて、幅の広い東側、階段側から幅細になっている西側に向かうと、目の錯覚で奥の壁が遠く見えるため、空間が広く感じるのだ。

 1階はダイニングキッチン、2階が寝室とバスルームで、3階がリビング、4階が吹抜けで、一番上にはルーフテラスが広がっている。階段を伝って回るように上へと移動していくと、10mの高さの中に重ねられた4層の立体空間は、それぞれが明るさも開放された方向も違っていて、ルーフテラスへ到着する頃には、小さな旅をしたような新鮮な楽しさを味わえる。


3階は吹き抜けのリビング。近隣の甍の波と、空を見渡す明るい空間。

<建築家の自邸 バックナンバー>
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小泉雅生 邸   岡田彩子 邸   フィリックス・クラウス&吉良森子邸
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4層目は吹抜けの階段室だが、クラウスさんはここで仕事をするのが好きだとか。リビングが見下ろせる。


 「オランダの家は1930年代のアパートを、私が設計してリノベーションしたのですが、あちらの方が広いこともあって、東京のこの家の方が身体に近い感じですね。小さい空間にいると気をつけて暮らすようになるというか、関係が近いということを再認識しました。和室の旅館に泊まると気をつけて歩かなきゃと思う、あの感覚。意識が集中しているのでしょうね」(吉良さん)

 また、オランダでは歴史的な街を大切にしながら建築をつくるため、建物のパーツのサイズなど法律が厳しい。たとえば天井高は最低2.6mなければならないし、ドアのサイズも決められているから、この東京の家のような天井高や、小さなトイレドアなどは許されないのだ。 「この家に住んで、建物の寸法が身体へどう影響するのかを考えられた」と吉良さんは話す。

 「東京でホテルに泊まっていた時は、そういう暮らしを続けるのも面白いと思っていましたが、この家を建ててみたらすごくよかった。ビジターではなく住んでいるアドレスと、帰って来たという安心感がある幸せな気持ちで、それはきっとクラウスも同じだと思う。ここに帰って来ると、クラウスは上の方で仕事したり、テラスでワイン飲んだり、私は1階にいたり、家を隅々まで使っていて、それぞれに光やスケール感が違っているけれども、どの空間も心地いい。気持ちを受けとめてくれるし、インスパイヤもされる。素晴らしいです」

 そう話す吉良さんに、幸せを感じられる家になった理由を聞いてみると 「建築の力でしょうね」と答えてくれた。  この家に住んでみて、クラウスさんの建築家としての力量をあらためて認めたという。

 この家はクラウスさんの設計だが、吉良さんもオランダで幾つもの賞を取り、アムステルダム市の美観委員も務めるなど、仕事ぶりが評価されている。吉良さんの設計の主にどんな点が、ヨーロッパで認められているのだろう。

 「中と外のつながりを考えて設計する点でしょうか。ヨーロッパの建物は『いかに閉じるか』が命題なんですね。まず城壁があってそこに穴を開けていくという考え方で、外から見た時にどう見えるかが大事。ファサードという概念自体ヨーロッパ的で、日本建築には元々なかった言葉ですよね。だから外にどういう顔を見せるかという技には長けているけれど、それに比べて中は割とスタンダード。外と中をどうつなげるかとか、中をどうつくるかということがあまり考えられないですね。私は集合住宅でも中と外のつながりを必ず考えますから、それが評価されたのかもしれません」(吉良さん)

 素晴らしい。吉良さんの家で話を聞きながら、素直にそう思った。私が誇りに思うのはお門違いとはいえ、目の前の吉良さんがヨーロッパ建築界で頑張っておられる姿を想像すると、頼もしく誇らしい気持ちでいっぱいになる。
 吉良さん、世界を舞台に、どうぞこれからもご活躍を!

フィリックス・クラウスさんプロフィール
1956年オランダ、アーネム生まれ。デルフト工科大学卒業。クラウス エン カーン アーキテクテン主宰。スイス連邦工科大学チューリッヒ校客員教授。
1997年Grand Prix Rhénan d’Architecture、2000年ハーレム市建築賞、2005年レンスフェルト建築インテリア賞、2009年golden Amsterdam architecture prize受賞。
Claus en Kaan Architecten Amsterdam
Bezoekadres Krijn Taconiskade 444 1087 HW Amsterdam
TEL:+31 (0)20 626 03 79 FAX:+31 (0)20 627 84 09
http:www.clausenkaan.nl E-mail: cka@cka.nl

吉良森子さんプロフィール
1965年東京生まれ。早稲田大学工学部建築学科大学院卒業。1990-1992年ユニテ建築設計、1992-1996年van Berker en Bos (現在 UN studio)を経て、moriko kira architect主宰。アムステルダム市美観委員会委員。
フローニンゲン市2007年建築賞審査員賞1位、市民投票1位。「18家族のための戸建て住宅」建築賞審査員賞3位、市民投票2位。「レモンストラント派教会のリノベーション」アムステルダム市2009年Goldern Amsterdam Architecture Price 6位。
moriko kira architect bv
Foeliestraat 16 1011 TM Amsterdam
TEL:31(0)20 423 0303 FAX:31(0)20 – 423 0404
http: www.morikokira.nl E-mail: kira@morikokira.nl



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