1. 家の時間トップ
  2. TOP TOPICS
  3. 建築家の自邸を訪ねて
  4. 地域と風景につながる平屋の住まい 小泉一斉 邸

>バックナンバー

建築家の自邸を訪ねて 地域と風景につながる平屋の住まい 小泉一斉 邸

 駅を降りると潮が香る、千葉県は内房の町で小泉一斉さんは育った。小泉さんのおじいさんが40年ほど前に建てた家を、ご両親と同居できるよう、新しく建て替えたのが写真の小泉邸である。

 南側も北側も畑が広がるのどかな風景の中のゆったりした敷地に、平屋でシンプルな長方形の建物を配置。中には廊下がなく、大きなワンルーム型のリビング空間は、収納で視線的な隔たりを感じるように構成されている。そのリビングとプライベート空間とは、扉を介してつながっている。

 「古い家は田の字型、昔ながらの民家に近いプランでした。台所が大きくて、応接間と和室がある、軒の深い家。そこに住んでいた時に体感していたこと、光や風の抜け方って、記憶にあるはずなんですね。だから基本の形は残したいなと思いました」(小泉さん)

 南北ともに大きく開口がとられた明るいリビングに座っていると、深く出された軒の先が庭、畑や空という風景につながっていて、ふと自分が外にいるのか中にいるのかがわからなくなるような開放感に包まれる。この、内外の曖昧さを体感できるせいか、モダンデザインのインテリアでありながら、昔の日本家屋にいるような懐かしさを覚えるのだ。

 また、この住宅の面白さは、移動するためだけの廊下がないところにも由来する。たとえば玄関ドアを開けるとそこは白いモザイクタイル貼りの洗面室のような空間で、正面にはいきなりお風呂があり、ガラスドアの向こうにはトイレが丸見えである。あれ? 玄関を開けたはずなのに間違えてお風呂場に入っちゃったのかな……という、何か不思議な感覚にとらわれるのだ。それはきっと、自分の中の「住宅の間取り」という既成概念にない動線に出会った驚きなのだろう。

 錯覚体験はそれだけで終わらない。トップライトから光が落ちる、明るい洗面室兼玄関ホールにはドアが2つ。納戸かな……などと思いながら開くと、中には小泉さん夫妻、つまり子世帯の居室が広がっていて、また驚かされる。トイレが建物の端にあると思い込んでいたが、実際はトイレと洗面室の箱が、子世帯の居室に入れ込まれているようなプラン。平面図を参照いただけるとわかりやすいのだが、小泉邸ではこうして、まるでレゴブロックを組み合わせるように、機能を持たせた壁を出っ張らせたり凹ませたりして、空間を分けているのである。


玄関を入ったところ。玄関ホールとサニタリーを兼ねたような空間になっている。右手にガラス張りのトイレが見える。正面のドアが子世帯の入口。




キッチンからダイニングに向かって。右手にリビングが見えている。正面の収納はダイニングと和室の両側から使えるようになっている。

 廊下を省いたのは無駄な空間だからですか、と聞くと、小泉さんはこんな風に答えてくれた。
「『行為』と『移動』の関係をフラットにしたかったんです。行為、つまりご飯を食べたりする場所があって、それをつなげるものが移動のための廊下とかですよね。でも実際に生活していると、行為しながら移動したりする場合があると思うんです。つまり、行為と移動は実は曖昧な関係なんじゃないかと」

 なるほど。だから移動だけの空間、廊下をつくらなかったというわけである。確かに住宅は、住んでみるとあらかじめ決められた名前の場所でその行為をするとは限らなかったりする。たとえばホームパーティなんかをすると、来客は「リビング」「ダイニング」と名付けられた場所にじっと座ってはいなくて、ホストが料理を作っている狭いキッチンやベランダに行っては、立ったまま飲んだり食べたりしているのをよく見かける。行為と移動は曖昧な関係にあるのかもしれない。

 そんな小泉邸には、古い家の時より、ご両親の友達がよく集まるようになったという。
「父もここで育ったので、近所に小学校の同級生が沢山いるんですよ。友達が遊びに来ては、(南の掃き出し窓を指して)ここから上がって入って来る。また小学生に戻ったみたいです(笑)」と、お父さん世代の交流がこの家で活発になった様子を、小泉さんが微笑ましく語れば、お母さんも
「インスタントコーヒーがあっという間になくなります(笑)」と同意。
  ご近所の家の庭にぶらりと顔を出し、縁側から自然に室内に上がった昔の家の気安さを、ご両親世代は思い出してリラックスするのだろう。

 デザイン自体はモダンでも、外と内が自然につながる日本家屋のよさをもった住まい。風景に大らかにつながることは、地域にも開かれたつくりということ。できることなら、やっぱりこういう家々が増えて欲しい。住まいの理想郷に思いを馳せた、小泉邸の取材であった。



小泉一斉さんプロフィール
1971年千葉県生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。芝浦工業大学大学院修士課程修了。乃村工藝社、入江経一+Power Unit Studioを経て、千葉万由子さんと共にSmart Running設立。

千葉万由子さんプロフィール
1974年埼玉県生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。設計事務所を経て、小泉一斉さんと共にSmart Running設立。

Smart Running一級建築士事務所 横浜市港北区師岡町245-29 #306
Tel 045-546-2477 http://www.smart-running.net

<建築家の自邸 バックナンバー>
阿部勉 邸   大塚聡 邸   古谷誠章 邸   黒木実 邸   東利恵・東孝光 邸 
都留理 邸   鹿嶌信哉+佐藤文 邸   廣部剛司 邸   伊藤寛 邸   小泉一斉 邸
小泉雅生 邸   岡田彩子 邸   フィリックス・クラウス&吉良森子邸
手塚貴晴+手塚由比 邸   葛西潔 邸

【注目の最新記事】
住宅ローンのリスクに対する大いなる誤解
国の借金1000兆円超!日本経済は大丈夫なのか?
世界の政治経済を知らずに、不動産は買えない時代に?!

  • 建築家の自邸を訪ねて
    建築家の自邸を訪ねて

  • 地域と人とつながる住まい
    地域と人とつながる住まい

  • インタビュー 家について話そう
    インタビュー 家について話そう

  • ホーム&ライフスタイルトレンドレポート
    ホーム&ライフスタイルトレンドレポート

ページトップへ


TOP