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建築家の自邸を訪ねて 昔からある素材で現代の形をつくる 伊藤寛 邸

 優れた、技量ある建築家ほど、自然の地形を生かして建築をつくると私は思う。たとえば山や丘の中腹でも、真っ平らに造成したりせず、斜面に生える木のように、または一部だけ顔を出す岩のように、控えめな外観が周囲に溶け込む建物を設計するという印象がある。

 竹林の斜面になじんで建つ、伊藤寛さんの黒い杉板張りの家を見て私が「まるでたけのこみたいですね」と言うと、伊藤さんは
「たけのこ……そう、竹みたいね。筒みたいなのがにょきっと生えてる。中には壁がなくて、節としての床が外皮を支えてる」と応じてくれた。

 2人のお子さんが小さい時、職場と住まいが離れているのに不便を感じていた伊藤さん。仕事が終わって帰って来ると子ども達は寝ているし、夕食も遅くて体調もよくない。職住が一緒になった暮らしがしたいと、事務所併設で自宅を建てられる土地を探していた。

 設計を仕事にしているのだから、造成していない土地につくりたいと、都心からそんなに遠くなくて、周りに緑がある眺めがよい斜面を探したが、そんな土地はなかなか見つからなかった。3年がかりになり、諦めかけていたところにやっと見つかったのが、川崎のこの土地だった。
  しかし、クライアントの家々の設計が忙しくて自宅は後回しとなり、「近くの賃貸住宅に引っ越して、時々敷地に来ては木を刈ったりしながら設計を待ち」(妻・敦子さん)、ようやく家ができあがったのはそれから3年後だった。

 家の形は八角形だ。
  「初めから、神の声が聞こえたみたいに(笑)八角形と決めていたわけじゃなくて、単純な幾何学形の輪郭におさめて、光の入り方を大事にしようと設計していったら、だんだん八角形になった。その八角形に庇を付け、バルコニーを付けるべきではないと、ここでは思いました。竹に囲まれた起伏ある地形の中にあって、建築の形は単純ではっきりしていた方が、たたずまいが美しいと思ったからです」(伊藤さん)


1階、設計事務所部分は一部鉄筋コンクリート造。左手南側が開けていて、右手北側に傾斜地の頂上がある。斜面に半分埋もれるように建っているため夏涼しく、空調要らず。




東側に接する道から見た外観。黒い杉板張りの外壁の一部を切り取ったように見える部分が2階、住居の玄関。庇を出さない代わりに凹ませた。

 確かに家を設計する時に、庇も欲しいしバルコニーも、それから出窓も……と、便利そうな出っ張りをどんどん足していくと、結果として外観はでこぼこになってしまうが、そういうでこぼこの家が日本では多いし、一般的だ。伊藤さんいわく、それは「結果としての形」であり、残念ながらそうしたほとんどの形は、美しくない。この家づくりは「結果としての(美しくない)形」におちいらないよう、「すっきりした(美しい)たたずまい」を守るところからスタートしたのかもしれない。

 「性能と美しさの着地点はどこにあるか。答えがないんだね。建築設計の仕事は、いつもそれをどこでバランスするかという感じがしますね。どちらかがゼロでどちらかが100はあり得ない。人間の容姿だってそう。美しくなくていい、というのはあり得ない。寒いからって着膨れればいいというものではないでしょう。家も同じで、自分達の都合だけでつくると、社会に対してでしゃばり過ぎる家になる」(伊藤さん)

 また伊藤さんはこの自宅に限らず、無垢の自然素材を使い、職人さんとつくる家を基本にしている。ただ、素材や職人さんは昔と同じでも「モダニズムの洗礼を受けてるから」、形は昔の民家でなく、今日生きている中で気持ちのよいデザインを考えるという。

 「昔からある材料を昔からあるやり方で使って、現代の形、家をつくる。それが僕のテーマの一つですね。山にある木を使って、壁はそこらにある石灰に水と砂混ぜて塗ってた。僕らの親父の代までは、ずーっとそうしてきたわけでしょ。工業製品を使う設計者もいるけど、工業製品では僕らが思ってる以上のものはできないんです。でも無垢の自然素材に、大工、左官、製材の人、構造技術者っていう職人技が組み合わされると、僕が5考えても10のものができる。自然素材の複雑さ、力を借りて、放っておいても面白く変わっていってくれる、あるところからは『自然任せ』の家がいいと」

 ところで、この家は内部を隔絶するドアがない、ワンボックスの家だ。2階のフロアは主寝室も子供室もドアがなく、本棚を兼ねた収納壁の境界も上部が空いているから、今年高校を卒業した娘さんは、家ができた頃はよく「ドアを付けて」と要求していたという。

 「僕から言わせると、『俗物みたいなこと言うんじゃない』(笑)。家での暮らしは、親と子というだけじゃなくて、共同生活をどうしていくかということ。建築としては各自ができるだけ近い関係になるようにつくっておいて、あとはその時々で必要に応じて仕切りを考える。家をつくるときに一番大事なのは、形とかそんな話の前に、プラン(間取り)の中で家族の関係をどうつくるかです。主人公である各自がどれだけ豊かになれるか、楽しくなれるか。その仕掛けができているプランかどうかです」と伊藤さん。
  確かに、社会で他者とどう関係していくかを学ぶ最初の場が家庭だと思うから、家のつくりはその学びの質に大きく関わっていくだろう。

 無垢の杉板が張られた八角形の有機的な空間は、半分地中に埋まったように北側斜面に背中をあずけたつくりのせいか、静かで心地いい。そんな伊藤邸で話を聞きながら私は、建築家ならではの土地選びと設計の成せる技だなぁと、今更ながらの羨望を覚えていた。

伊藤寛さんプロフィール
1956年長野県生まれ。神奈川大学工学部建築学科卒業。長谷川敬アトリエ、小宮山昭+アトリエRを経てミラノ工科大学留学、マルコ・ザヌーソの指導を受ける。早稲田大学大学院修士課程修了後、伊藤寛アトリエ設立。武蔵野美術大学、早稲田大学芸術学校非常勤講師。

一級建築士事務所伊藤寛アトリエ 神奈川県川崎市多摩区生田8-29-13
TEL 044-922-6412  http://www.ito-kan.com

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