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建築家の自邸を訪ねて 木々に包まれながら高層のような眺望 都留理子 邸

 東急田園都市線の駅からすぐ、急傾斜の丘の上へと続く長い階段を上がりきると、建築家の都留さんの家が建っている。鉄骨造の4階建て、1階が都留さんの設計事務所だ。

 グレーのガルバリウム鋼鈑の外壁に溶け込んでいるドアを開けて中に通されると、そこは小さな箱のような玄関ホール。正面のガラスの先に、トンネルの出口よろしく川崎の街の風景が広がっている。
 階段を上がった3階が、いわゆるリビングダイニング、広い一つの空間だ。フィックスガラスが嵌められた横長の窓からは、眼下の街はもちろん、遠くに新宿の高層ビルや、晴れた日には秩父の山々も望めるという。

 それらの風景だけだと、まるで高層ビルからの眺めと錯覚しそうだが、地に足の着く一戸建てにいることを思い出させてくれるのが、家の両側から枝を伸ばす木々の姿だ。ガラスに葉をこすり付けるようにして揺れているのは、元々この土地に生え、大きく成長していた樫や山桜の木。何だかこの木に支えられて建っているというか、木の上にいるみたいですね、と水を向けると、
「ツリーハウスのイメージが大好きなんです。敷地内にぎりぎり入っていたこの木たちに包まれているような感じですね。左手の山桜が咲く春は、『空中花見』してるみたいです(笑)」と都留さん。

 高層マンションにいると、眺望は最高だが、同時に自分と地面の距離が測れず不安を覚えるのは私だけだろうか。しかしこの都留邸は、高層マンション様の絶景と、地面から枝を伸ばす木々が揺れる姿、両方の恩恵に与りながら生活できるという、何とも羨ましい条件を満たしているのである。

 しかしこの土地を見つけるまでは大変だったという。勤め人の夫は建物の設計については全面的に任せてくれたが、「ごみごみした場所でなく、眺めのいい高い所に住みたい」と希望。
「でも眺めがよくて高い所は、ほとんど不便な場所で(笑)」夫の通勤や都留さんの設計事務所としての機能を考えるとあまり不便な立地も選べず、40ヵ所以上の土地を見て歩き、やっと巡り合ったのがこの敷地だった。

 しかし、土地と思って喜んだのも束の間、実はここは建売住宅として売られるとわかり、交渉の末、設計を限られた時間内に終えることや、指定の工務店で施工するなどの条件を飲んで、オリジナル住宅を建てられる運びになったという。

 「3ヵ月の設計期間中は精神的につらかったですね。何しろ、初めて施主という『当事者』の立場になったので。普段なら私は設計者で、施主は別にいますから、施主が判断する部分も多い。でも設計者として、施主としての判断を両方自分でしなければならなかったので、悩みました」


3階、キッチンから北側を見る。正面にはダイニングテーブルとPCを置いたワークスペースがある。


3階窓際のベンチに座る都留さん。フィックスガラスに水平に切り取られたパノラマ風景は圧巻。ガラスのテーブルはイサム・ノグチのデザイン。

 さらには、建築家として自邸を建てることへの葛藤があったという。
「これからも自分はいろんな敷地、いろんな施主に出会って、設計に対する考え方も変わっていくだろうに、一回建ててフィックスしちゃう家に長年住み、そこで建築の仕事を続けていけるんだろうか。過去につくったものに住んでいることがイヤにならないだろうか。どんな家なら長年住んでいけるだろう⋯⋯そう考えた結果、『ただボンヤリ、いたいなあ』と思える場所がいいんじゃないかと。ゆったりとした公園のような場所とか、木の下にあるベンチのような。公園やベンチには目的があって行くわけじゃないですよね。ただ気持ちがいいからそこにいる。機能とか目的のためにある、意図が見え過ぎる空間よりは、ぼーっとするのにいい空間、ということを糸口に考えました」

 そのために、外の風景が「見える」というより環境として自然に「見えてる」感じがするだろうと、リビングの窓は横長にして、サッシ枠が気にならないようフィックスガラスにするなど、模型をつくって考えたという。

 換気のためには各階に小窓を空けて、夏はそれらを開け放つと風が抜けて涼しいのだとか。
「景色を見る窓と換気用の窓は分けた方がいいですね。換気用の窓は、風の抜け道に適した場所に設ければ、ごく小さくて十分」と、建築家ならではのアドバイスも。

 夫妻には2歳のお子さんがいるが、
「特に『子供のために建築的にこうしておこう』とか、考えませんでしたね。危ない場所があったら生まれてから考えよう。そう思ってたら実際、何とかなりました(笑)。「子供」の期間はいずれ終わるので、子供のための空間を工夫するより、本物を体験して育つのがいいと思いましたから」と都留さん。

 確かに、4階の将来の子供室には傾斜を利用したすべり台などあるが、全体としてシンプルで生活感があまり感じられず、お洒落な大人の家というイメージ。カラーリングも白やグレー、ベージュなどニュートラルにまとめられ、私はヨーロッパの住宅取材を思い出していた。

「パーティの時には大勢の人に座ってもらえて便利」という窓際のベンチに腰掛けた都留さんを撮影する風景を眺めていたら、まるで後ろのガラスがなくて、外にいるみたいに見えた。枝を伸ばす桜の木を背景にした都留さんは、何だか本当に公園のベンチに座っているようだった。桜の咲く頃はまた、どんなにかいいだろう。ただぼんやりとしていたい、木の下のベンチ。そんな都留さんのイメージが具現化された家だということを、私はこの目で確認したのだった。

都留 理子さん プロフィール
1971年福岡県生まれ。九州大学工学部建築学科卒業。青木淳建築計画事務所、シーラカンス(現C+A)勤務を経て、1998年都留理子建築設計スタジオ設立。
都留理子建築設計スタジオ 神奈川県川崎市高津区下作延
TEL 044-272-6932
URL http://www.ricot.com/index.htm
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