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建築家の自邸を訪ねて 室名にしばられないルーズさが心地よい 古谷誠章 邸


玄関を入った位置からリビング、キッチンに向かって見る。左手柄入りガラス戸の一つを開閉してバスルーム空間へ。右手に寝室がある。

  この数年で鉄道網が更に発達、都市特有の密集化が進む東京23区だが、世田谷区三宿は幸運にもまだ、のどかな雰囲気を残している地域といってよいだろう。やなせたかし記念館/アンパンマンミュージアム、茅野市民館などで知られる建築家、古谷誠章さんの自邸はその三宿でもひときわ豊かな緑に恵まれた土地に建てられている。

  約600㎡という広い敷地は「祖父の代から住んでいましたから、90年は経っているでしょう。祖父は東京の中を転々と借家住まいしていたのですが、最後に住んでいたのがこの土地で、戦後GHQの払い下げの際に父が買ったものです。一昨年亡くなった父が『子どもの時、よじ登れなかった木がある』と言っていたので、庭の木は百年以上経っているものがかなりあるはずです」(古谷さん)

 「日本庭園でなく、雑木林のようでいい」と古谷さんが言う通り、庭は小さな森の様相。中の紅葉、梅、銀杏の3本の古木が世田谷の保存樹に指定されており、たとえば梅の木は毎年、配っても漬けても余るほどの実をつけるという。庭には何度か家が建てられ、古谷さんも子ども時代、祖父母や両親とここで過ごした。2000年に自身の設計で建て替えることにしたのが、写真のZig House /Zag Houseである。


石をくりぬいたバスタブがある浴室は、庭の緑を見通せるガラスと、外構のガラスブロック塀に屋根を架けてできた半屋外空間。


2階。1階同様ガラスに囲まれ、庭に面するステージのよう。屋根と天井は右手エントランスホールへ、そしてお母さんの棟へと続いている。

 建て替えに当たり、切った庭木は一本だけ。木を残すように建物をレイアウトしたら、ジグザグな形になったのだという。

 木とガラスで構成された木造の二世帯住宅は、エントランス部分に屋根を架けたホールでつなぎ、全体の高さは同じだが、1階の階高を変えている。お母さんの棟の1階は低めに抑えた天井高で落ち着ける空間に。反対に、絵を描くスペースとしての2階を高く大きな空間とした。このギャップにより、階段の段数が少なくお母さんにとって昇降が楽であり、1階の天井高を上げた古谷さんの世帯と視線がずれるため、ガラス張りで向かい合っても気にならない環境を得られた。

 構造材と下地材に使ったのは、奥多摩の間伐材を利用した「編成材」。森を維持する際に出る間伐材をノンホルマリンの糊で固め、使うサイズに切って柱、梁、床板などに使う。編成材を開発した飯能のプラントから相談を受けていた経緯もあり、強度の確認など実験的に使うには自邸がちょうどよいと採用を決めたという。

 無垢の木を使うよりコストが抑えられ、反りなどのくるいが少なく、間伐材を有効に活用するという点でも意味があるので、採用してよかったという。木の肌をそのまま見せて使うと山小屋のような風情で野暮ったくなるため、インテリアの天井は白く染色、壁には薄いロール和紙を一枚貼りした。

「この家に住んでから、春って待ち遠しいんだなと感じたんです。自然の日傘のように緑が鬱蒼と茂る夏が過ぎ、紅葉が真っ赤に染まる秋を越すと、葉っぱのない冬が三ヶ月続きます。毎日見ていると、芽が出てだんだん膨らんで、という枝の微妙な変化にも気付くんですね。家を建て替えるまではマンションに住んでいましたが、その頃には気付かなかった変化です。独立するまでこの敷地で住んでいたのは親父が建てた普通の家で、窓の位置や大きさも限られていて、中は中、外は外という感じ。庭は『通り過ぎるだけの場所』だった。だから今度は、中にいながらにして庭にいるような家をつくりたかったんです。窓を床から天井まで縦長に、壁と交互に短冊状に取ったので、庭の木を根元から梢まで見えるから、臨場感があります」(古谷さん)

 お祖父さんの代から育てた木々を内側から眺められる、開放的な家。この建物は住宅だが、普段古谷さんが手掛けることの多い公共施設の場合と、発想やつくり方は違うのだろうか。



1階から2階への階段を見上げる


 「僕の中では違いはないですね。前から僕は、格好が奇妙奇天烈とかではなくて、『中に入って長居できるような建築』をつくりたいと思っていました。それはどうやってつくるの?と聞かれるとうまく言えないんですが。中から居心地のいい向きに窓を取って、塞ぎたいところに壁を取って、プロポーションを考えて――という積み重ねの中で居心地よい空間ができる。自分の家で、その手法でつくった建物で24時間過ごすという体験ができて、結果はこういうことになるんだとわかったのがよかった。僕の想像は間違っていないという自信ができました」

 「大きな建築も住宅も、その時のその人にとっては生活の場であることに変わりはない。学校は生徒にとって家のようなものかもしれないし、病院も、もしかしてもう帰れない人にとっては終の棲家かもしれない。建築が大きくても小さくても人間の大きさが変わるわけじゃないから、区別はあまりない。本質的には同じなのだと思います」

 本質的には同じ――居心地のよさがあればいい、という意味でですか?と聞いてみた。

 「そうです。居心地のよさはいろいろなものとの関係によって決まります。一つは内部と外部の関係。つまり『空間』との関係、ということ。二つ目は自分と、人との関係。自分と人とがどう関わるような建築なら気持ちよく過ごすことができるか、これは『人間』との関係ですね。三つ目は自分と『時間』との関係。建築空間にいる時は、今一瞬ここにいて終わり、ということではなくて、いろんな種類の時間を体験するわけですから。奇しくも全部『間』という字が入っていますが、それらと自分との関係が快適さをつくる鍵になると思います」(古谷さん)

 具体的には、気持ちによって居場所を選択できることが重要、とも。
「この家はルーズなつくりだから、場所に縛り付けられる不快感がない。どこも『何室』というのでなく、雰囲気が違う幾つかのコーナーが用意されてて、気分によって移動できる。たとえば僕が原稿を書くのは『書斎』なんかじゃなくて、『玄関を開けたところ』。ここのソファに寝転がって紅葉の木を見上げてるのが一番気持ちいいし、娘も、帰って来て2階の自分の部屋まで辿り着かないでここで寝てる時もありますね(笑)」

 自邸をつくって何よりよかったのは「建て主の気分がわかったこと」とも、冗談交じりに教えてくれた。やりたいことをやろうとすると「お金がかかる。だから我慢しよう、という現実」に直面し、しかし結果的に自邸は予算を大幅にオーバーしました、と笑う。
  知識と経験と意欲を武器に挑戦を続ける技術者、古谷誠章さん。今、最も輝く、日本が誇る建築家の一人である。

古谷 誠章さん プロフィール
1955年東京生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。同大学大学院博士前期課程修了時、小野梓記念芸術賞受賞。文化庁芸術家在外研修員としてスイスの建築家マリオ・ボッタ事務所に在籍。吉岡賞、日本建築学会賞、日本建築学会作品選奨等、受賞多数。早稲田大学教授。有限会社ナスカ代表取締役。
NASCA 東京都新宿区戸山3-15-1 日本駐車ビル4F
Tel 03-5272-4808 http://www.studio-nasca.com/
Shuffled―古谷誠章の建築ノート
古谷誠章 著



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