2013年11月06日更新
沖縄の不動産事情~3つの賃貸マーケットがある
今年3月に着工し、9月末竣工の予定だった我が家。先日、ようやく施主検査が終わり、現在手直し中。今月中には新居に引っ越しできるとは思うのだが・・・・・・。
さて、今回は沖縄の不動産事情について触れてみたい。私の場合は、移住するにあたり土地を購入し、設計事務所を通して施工会社を選び、現在建築中なわけだが、4年前にアパート探しを経験している。エリアは沖縄中部の西海岸エリア。美浜アメリカンビレッジのあたりから現在の読谷村までと決め、いくつかの不動産会社にあたってみた。だいたいの相場は沖縄で発行されている不動産情報誌を見て見当をつけていたが、実際のところは見てみないとわからないのは、沖縄も東京も同じ。当初、予算は2DKで4万円までと決めていた。水道光熱費、通信費を入れて6、7万円で納めたかったからだ。もうひとつの希望はやはり海のそば。これがやっかいな条件になった。
「あ~、やっぱり海が見えるのがいいんだね。海が見える、海のそば。移住する人はみんなそう言うけど、何がいいのかね~。西日は強いし、塩害もあるし。県内の人は借りないよ」
そう言われて紹介されるアパート、マンションは希望とは違うものばかりだった。
「じゃあ、海が見える物件があったら、ご連絡してくださいね」と言って東京に帰るのだが、その後、連絡してくれた不動産会社は1軒もなかった。本当に物件がなかったのか、移住者だから避けられたのか、女性ひとりだから真剣に相手をしてくれなかったのか、面倒だと思ったのか・・・・・・。その理由は今ならなんとなくわかる。どれも正解だ。何も面倒なやりとりが発生しそうな人を相手にするよりも、県内での需要があるわけだから、それに応えるだけで十分なのだ。
ここ沖縄でも来年4月の消費税アップを控えて、現在建築ラッシュだ。今まで畑だった場所が、アパート、マンションに変わろうとしている。4年前と比べても海沿いのいい場所に新築物件が増えている。こんなに建てて満室になるのだろうか?といつも疑問に思うのだか、意外と完成時にはほとんど埋まっているから不思議だ。聞くところによると、新築も中古も賃料にそれほど大きな開きはない。いくら立派なマンションを建てても、県民所得からすると賃料を上げることはしにくいようだ。だから賃貸人もひとつの場所に長く住むというよりも、新しくできて、賃料もそれほど違いがなければ、当然新築に住み替えることになる。こうして沖縄の賃貸市場は回っているように思える。これが一つ目のマーケット。
2つ目のマーケットは那覇市内のある特定のエリアに存在する。那覇市は、ほかの地方都市と同じく支店文化だ。民間だけではなく官公庁の出先機関もあるため、一定割合の転勤族がいる。この人たちは那覇市内でもモノレール(ゆいレール)の駅の近く、空港の近くに住まいを探す。子どもが小さければなおさらだ。教育環境が整っているエリアを希望するから、ある特定のエリアに集中する。そのエリアは昔からのお屋敷町もあれば、最近になって再開発された町もある。こうしたエリアの賃貸物件は東京の賃貸物件とそれほど変わらない。いわゆる「分譲タイプ」というものだ。実際に、分譲されたマンションを購入した人が賃貸に出しているケースもある。そうなってくると、月4、5万円の賃料というわけにはいかない。一段高めの相場が形成されている。それでも転勤族にしたら、それほど懐が痛む金額ではないから、需要と供給という意味においても、成立するマーケットになっているわけだ。
3つ目は外国人向けの住宅。東京の福生市にもあるが、平屋の四角いコンクリート住宅は沖縄県内でも人気で、改装してカフェにしたり雑貨ショップにしたりして、別の需要がある。ここでいう外国人向けの住宅はそれとは違い、県内の地主が外国人向け仕様に建築したマンションや一戸建てのこと。要は米軍基地に勤務する米国人、もしくはその家族を想定した住宅。日本人向けに建てられたものと違うのは、ひと目見れば、すぐわかる。外観から外国人仕様なのだ。海のそば、海が見える、いわゆる県外の人からしたら一等地と呼べるところに建つ物件は理想的で、移住の夢が広がるというもの。この外国人向け住宅は、かなりの高額で貸せる。専門に扱っている不動産会社もあるが、なかなかこうした情報は一般には流れてこないので、やはり特別なマーマーケット、ルートが存在するのだろう。
そして、私が最終的に借りたアパートは、2戸1のテラスハウス形式の1階。アパート探しに悩んでいたころ、女性だけで運営している不動産会社を見つけ相談した。実に親身に探してくれ、たまたまリフォームしたばかりの、今の物件を案内してくれた。大家さんと偶然居合わせ、話があっと言う間にまとまった。5万5000円の賃料は予算オーバーではあったけれど、これも出会いと思えたので、即決した。読谷村でこの賃料はやや高い部類に入るが、沖縄の生活をシミュレーションするには、実に好都合で、居心地がいいと感じるところ、問題になりそうだと思うこと、その両面を経験できたのは家づくりには非常に役立った。何より、大家さんとの出会いがなければ、移住の最終決断ができたか?とさえ思うのだ。
■東京のマンションは賃貸にするか売却するか
ところで、この3月まで住んでいた東京のマンションはといえば、実は年初に売買契約が成立し、3月末に引き渡しが終わった。購入した方は、その後全面的にリフォームされたと聞く。
私に資金的に余裕があれば、売却せず賃貸に回し、生活費の足しにもできたのだが、マンションの売却資金を沖縄の家づくりに充てるつもりでいたので、実際のところ、いくらぐらいで売却できるのか、は重要だった。売却できなければ、当面は賃貸に出してもいいと思ってはいたが、空室になったときのリスクや、いつまでも東京に未練(?)が残るようで、できれば売却したかった。
複数社に査定を依頼したが、希望額からの開きは大きかった。立地はいいものの、築年数が古く相場としては適正価格だったのかもしれない。お金をかけて全面リフォームしたことは、あまり評価されなかった。そんなとき、友人を通して買い手が見つかったのだ。ほぼこちらの希望価格で。買い手は、立地のほか、不動産会社が評価しなかったリフォーム後の住まいを見て、新しい生活のイメージが広がったようだ。数回、部屋を内覧されてトントン拍子に売買契約を結ぶことができたのは、本当に幸運だったと思う。
一方、土地の購入、建築計画を先行して進めていたため、いったんは沖縄で住宅ローンを組んでいた。土地購入資金をつなぎ融資という形で借りて、建築途中の中間金の支払いも銀行から借りる手はずになっていた。金利の面では都銀などのメガバンクで借りられればと問い合わせをしたが、一括融資、つまり建売住宅や新築マンションなどのような形態でなければ融資はできないと断られた。やや金利は高いものの、結果的には、沖縄の銀行が親身になって住宅ローンの資金計画を一緒に考えてくれたのはありがたかった。私の沖縄移住の成功を心から応援してくれたのだ。すでにマンションの売却資金で、いったん借りた資金は返済済みで余計な利息を払わなくて済んだのはよかったが、沖縄の銀行にとっては、ほとんど利益にならなく、申し訳なかった。
10年前、東京のマンションを購入した際に、知り合いの不動産コンダルタントに投資価値について分析してもらっていた。駅から近いだけに立地はいいものの、騒音などのマイナス評価もあり、当時で、賃貸に出すとしたら15万~16万円という評価だった。不動産市場も生き物で、実際のところ私が売却せず賃貸に出していたら、いくらで貸せたかはわからない。それでも、こうした分析評価があり、現状の相場とも見比べても、「貸せるだろう」と思えたのは、大きかった。なんとかなる、と思えた。普通、マンション購入時にそこまでのことを考えて買う人は少ないかもしれない。けれど、私のように「終の棲家」と思って購入しても手放すことがあるかもしれない。そんな時のために、不動産の価値をいろいろな側面から知っておくのはいいことだろう。私の沖縄の家はといえば、やはりいずれは賃貸に出すか売却することになるだろう。それで老人ホームなどの本当の老後の住まいに移ることになるからだ。幸い、我が家周辺は、「外国人向けの住宅」のニーズが高く、高額賃貸に出せる目算もある。きっと、なんくるないさ~(なんとかなるさ)。
『私、沖縄に移住しました。』が電子書籍になりました(2015年9月25日)。
「あれから2年。沖縄で過ごした春・夏・秋・冬」も書き下ろし。どうぞご覧ください。
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目の前が海、という場所に建つ外国人向け住宅。
夏場はテラスや庭先で夕日を見ながらビールを飲んだりBBQをしている様子を見かける。
「負けた(笑)」と思う瞬間でもある。
【私、沖縄に移住しました。】
<第1回>50歳、オンナひとり、沖縄に移住したわけ
<第2回>沖縄移住でよかったこと、ありえないこと
<第3回>どのエリアに住むかで、暮らしも住まい選びも変わる
<第4回>沖縄の不動産事情~3つの賃貸マーケットがある
<第5回>沖縄の我が家がようやく完成!超難産だったわけ
<第6回>親の介護問題とインコと沖縄移住
- フリーライター(2級ファイナンシャル・プランニング技能士)
伊藤加奈子 1963年生まれ。法政大学文学部日本文学科卒。リクルートにて不動産、住宅、マネー系の編集部を経て2003年に独立。以降、フリーランスでライフスタイル誌の創刊・編集に携わる。のち、マネー誌の編集アドバイザーを務め、現在は、主にWEBサイトで住宅、マネー関係の記事を執筆するかたわら、25年の編集者経験を生かし人材育成に努める。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。All About マネーガイド
2013年4月に住み慣れた東京を離れ、沖縄に移住。と同時に、RC住宅を建築することを決め、2013年3月着工。11月に竣工した。