1. 家の時間トップ
  2. 住まいの情報
  3. 建築家リフォーム
  4. 建築家としてのリフォーム

>バックナンバー

建築家リフォーム

2010年01月20日更新

建築家としてのリフォーム

 一般に新築指向の考え方が多い建築家(建築士)の中で、リフォーム専門の設計に取り組むようになった経緯を、このコラムで紹介いたします。

 そもそもリフォームを始めたきっかけは学生時代にありました。以前からよく遊びに伺っていた知り合いから、間取りを変更するリフォームの相談を受けたのが1990年のことでした。大学ではリフォームの授業はありませんでしたし、まだリフォームといえば、模様替えを意味するような時代でしたから、設計者としてどのようにリフォームに取り組むかの手引きになるようなテキストもありませんでした。

 全くの手探りの状態からのスタートでしたが、学生相手だったことが却って話しやすかったのか、施主も何が不便で、どうしたいのか忌憚のない意見をどんどんぶつけてくれました。実は、以前に建築家にリフォームを頼んで失敗したことがあったそうで、その時は相手がプロだからと全てを建築家任せにして、十分に自分の意見を伝えられなかったことが原因だったと後悔していたそうです。

 時間だけは十分にあったので、施主の奥様と一緒に街を歩いて、素適なインテリアのお店を探したり、デザイン性のあるレストランを訪問したりと、お互いがこれはと思うイメージ写真を見ながら話を重ね、空間のイメージを固めてゆくことができました。

 学生ながらの分析では、元の住まいは壁面が全て収納に使われていた収納重視の空間でした。そこで暮らす施主は、絵画や調度品を飾ることが大好きなのに絵を飾る壁がなく、収納が適材適所に配置されていた訳ではないので、あちこちを移動しないとお出掛けに必要な物も揃わないことを悩んでいました。

 そこで考えたのが、住宅の空間をリビング・ダイニングエリア、玄関・廊下エリア、寝室エリアの三つに大きく区分けるアイデアでした。LDと廊下の間に大きな一枚の壁を設け、明るいリビングとほの暗い廊下とメリハリをつける仕掛けです。南北に走る新しい壁に沿って、かつては分断されていたテラスとリビングを繋げ、光と風が流れることを意図しました。あとはアートや家具は映えるようにフローリング張りの床、フラットな天井のシンプルな構成に努め、目立たないよう照明を配置した程度のデザインでした。

 今になって振り返ると、デザイン的な見せ場も、空間の細部を決めるディテールもない、稚拙ともいえる設計でした。しかし、想像力はあっても、実務の経験がない当時の自分が、背伸びをせずに、出来ることだけに専念したことででき上がった空間には、ある種の潔さがあったのかも知れません。空気の流れと空間のプロポーションだけにこだわったことで純粋な空間が確保され、その中で自由に絵画をレイアウトし、家具を配置する楽しさを味わえた施主からは大層感謝されました。

 建築が好きだった施主は、この後も数回この住宅をリフォームしています。約20年の間で、ルーフバルコニーにウッドデッキと日除けのパーゴラ(藤棚)を作り、キッチンを交換し、寝室とウォークインクローゼットを整理し、来客用寝室だった小部屋を書斎へと変え、大小合わせて5回ほどリフォームをした計算になります。幸運なことに、その度に相談され、設計を任されてきたことで、予算配分の方法から工務店との付き合い方、そして何より生活に根ざしながら、空間をきれいに見せるデザインリフォームの手法を勉強することができました。

 リフォームと新築を比べることは難しいですが、施主の立場からすると、リフォームでは現状で不満に思っている点を直してゆくので、設計の手順が判り易いに対し、新築では全てをリセットすることになり、外観から構造、法規から設備まで、あまりに考えるべき項目が多過ぎることは大きな違いでしょう。この違いが、施主と建築家の接し方にも影響している気がします。新築ではあまりに判断すべき事項が多いので建築家任せになりやすいのに対し、リフォームではお施主様の積極的関与が多いのではないでしょうか。
 お施主様は、実体験から生まれた希望を設計者にどんどんぶつける。また設計者もリフォームの場合は、現況に合わせた個別対応が必要となるため、お施主様とのコミュニケーションはより一層重要となります。つまりリフォームでは、施主との対話の密度がとても濃いのです。その分だけ、両者が一緒に設計してゆく感覚が強く、設計者としての醍醐味も大きいと感じています。

 建築設計の原体験がこのリフォームにあったので、それ以降も自然とリフォーム設計の仕事が多くなり、気がつけばリフォーム専門の建築家になってきた次第です。


建築家リフォーム バックナンバー



テラスと繋がった明るいリビングとダイニング


シンプルな造作家具で纏めたインテリア


テラスの緑がまぶしい寝室





建築家
各務 謙司 (カガミ ケンジ)
建築家 各務 謙司

1966年東京都港区生まれ。早稲田大学大学院終了後、ハーバード大学大学院に入学。留学修了後、94年にニューヨークのCicognani Kalla設計事務所勤務。マンハッタンの高級マンションのリノベーション、郊外の別荘等を担当する。帰国後、生まれ育った白金台に設計事務所を開設。古くなった建物にリフォームで手を加え、住まい方にあわせカスタマイズし、生き返らせることを活動の一つの柱としている。
カガミ・デザインリフォームhttp://www.kagami-reform.com/

  • インテリアコーディネートのヒント
    インテリアコーディネートのヒント

  • 本当に暮らしやすいマンション選び
    本当に暮らしやすいマンション選び

  • ハウスメーカー進化論
    ハウスメーカー進化論

  • 中島早苗の「心地いい場所」
    中島早苗の「心地いい場所」

  • 日常に寄り添うインテリアアート
    日常に寄り添うインテリアアート

  • 正しい家具の選び方
    正しい家具の選び方

  • 50代からの住まい
    50代からの住まい

  • マイホーム入門<不動産の基礎知識>
    マイホーム入門<不動産の基礎知識>

  • ウィンドウトリートメントを楽しむ
    ウィンドウトリートメントを楽しむ

  • 建築家リフォーム
    建築家リフォーム

  • 照明のセオリー
    照明のセオリー

  • 良質な賃貸住宅で快適に暮らす
    良質な賃貸住宅で快適に暮らす

  • 資産価値を考えた空室対策
    資産価値を考えた空室対策

  • 私、沖縄に移住しました。
    私、沖縄に移住しました。

  • 地域材の活用
    地域材の活用

  • 【プロが厳選】注目の分譲マンション
    【プロが厳選】注目の分譲マンション

  • 大規模マンションの管理修繕
    大規模マンションの管理修繕

  • マンション売却のコツ
    マンション売却のコツ

  • マンション植栽 造園
    マンション植栽 造園

  • 今、マンションは買いか、待ちか
    今、マンションは買いか、待ちか

ページトップへ


TOP