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中島早苗の「心地いい場所」

2012年07月25日更新

理想の「特養」はあるか その2

前回に続き、特養について。

 それまで介護にあまり詳しくなかった私が
特養に興味をもったきっかけは、父が倒れたことだった。
 父は、昨年脳梗塞を起こして以降、
急性期の治療やリハビリを受けるために病院と、
その後少し落ち着いてからの短期間は、老健や特養にお世話になった。
最後の数ヶ月は自宅でデイサービスを利用しながら過ごしていたが、
倒れてから1年3ヵ月後の今春、亡くなった。

 父の、結果的に最後の1年3ヵ月となった日々、
どんな病院や介護施設なら、これ以上状態が悪くならず、
あわよくば少しでも元気になれるサポートをしてくれるのかを
模索したことで、日本の現在の老人医療、福祉体制について
随分学んだし、考えた。

 中で、自分が最後の時を過ごすことになるかもしれず、
実際に現在、40万人もの日本人が入所している特養について、
思うところが多くあった。
 特養は、介護が必要で、家での生活が難しい人にとっての
終の棲家の一つである。

 父は「ショートステイ」という制度を利用し、
約3週間しかお世話にならなかったが、
その特養は、誤解を恐れずに言えば、
身内や自分の終の棲家にはしたくないと
思ってしまうレベルの施設だった。

 あまり清潔でないからなのか、全体的な雰囲気がすさんでいた。
 食事時間になると、一番端から反対の端の人が見えないぐらい
広大な一つの食堂に、入所しているお年寄りが全員集められる。

 食事中、ほとんど誰も話をしない。
 一度、昼食の時間に父に面会に行った私は、
一人悄然と食べ物を口に運んでいる父の姿を
広大な食堂の入口から見て、強い罪悪感を覚えた。
「こんな所に親を入れておいてはいけない」と。

 ではいったい、身内や自分が入ってもいいと思える特養はあるのか。
 それから私は考え続け、終の棲家のあり方を
自分のテーマの一つにした。

 リサーチをする中で気になっていたのが、
新聞記事で目にした「新生寿会 きのこグループ
だった。
 日本初の認知症専門病院、グループホームをつくり、
認知症ケアのプロとして知られるが、
そのきのこグループが運営する、特養を含む介護施設が
港区にあると聞き、取材に訪れる機会に恵まれた。

 2010年にオープンした「ありすの杜南麻布」がそれだ。
 地下鉄広尾駅から徒歩7分、ドイツ大使館と
有栖川記念公園にほど近い広大な敷地に港区が公募した高齢者保健福祉施設だ。

 南棟がきのこグループ運営の「きのこ南麻布」、
北棟が洛和福祉会運営の「洛和ヴィラ南麻布」。
 南棟が特養とグループホーム、ケアハウス等、
北棟が同じく特養と老人保健施設(老健)等で構成され、
約330人のお年寄りが暮らす。

 きのこグループが約30年前、当時どこにも行き場がなかった
認知症の人たちを受け入れる特養、そして病院を岡山につくると、
全国から問合せや取材が殺到したという。
 その頃、認知症は難しい病気として受け入れ先がなく、
家族は困り果てていた。


南麻布の一等地に建つありすの杜外観。1階、オープンエアのカフェレストランは誰でも利用できる。

 


 きのこグループ理事長で医師の佐々木健さん、
理事で本部長の篠崎人理さんは、
「我々は認知症の人たちの居場所をつくろう」と、
認知症に正面から取り組んだのだ。

 試行錯誤する中、スウェーデンへ行き
現地のグループホームに学び、交流を続けること15年。
 認知症は、扱いに困るとんでもない病気ではなく、
「老化と共に起こる普通の変化」で、
 それをスタッフが理解し、「治療」ではなく
「生活を共にすること」が大事なのだと、わかってきたという。

 本部長の篠崎さんは言う。
「認知症の人がとんでもないことをするのは一時的であり、
多くの場合、受けとめる側が間違っています。
 大事なのは、聞いてあげて、受けとめること。
 本人が同じことを何度も言ったり、大声を出すのは、
何かを訴えようとしているから。
 僕たちはプロですから、聞いてあげることができますが、
家族は知識がなく、認知症になる前のお父さん、
お母さんを知っているがゆえに、指示し、叱ってしまう。
 本人だって半分ぐらいわかっているんです、
なんでできないんだろう、って」

 私にも思い当たる節があり、言葉に詰まる。

 確かに、ここには大声を出したり、同じことを何度も繰り返したり、
どこかを叩いたりして騒いでいるお年寄りが一人もいない。
 これまで特養や、老健や、病院で見た、騒いでいるお年寄りたちは、
何かを聞いて欲しかったのだ。
 特養に暮らすお年寄りの多くは、程度の差はあるが
認知症の傾向が見られるので、認知症ケアに長けた
きのこグループのような施設に入れたら幸せなのではないか。

 ありすの杜に関しては、まだまだ書きたいことがあるので、
少し長くなってしまうが、また次回に続けさせてください。

理想の「特養」はあるか


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リビングジャーナリスト・「家の時間」編集主幹
中島早苗
リビングジャーナリスト・「家の時間」編集主幹 中島早苗

1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。アシェット婦人画報社で12年在籍した住宅雑誌『モダンリビング』を始め『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て独立。約20年間400軒あまりの家と家族、建築家、ハウスビルダーなどへの取材実績を基に、「ほんとうに豊かな住まいと暮らし」をテーマとして、単行本や連載執筆、講演等活動中。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)『やっぱり住むならエコ住宅』(主婦と生活社)『住まい方のプロが教えるリフォーム123のヒント』(日本実業出版社)『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。

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