若者のライフスタイルと大家さんの固定観念

人口が減少し、空き部屋が増えていくという社会的な構造は今後も続いていきます。その一方で、ハプティック代表の小倉弘之さんは「入居者である若者のニーズに対し、従来の慣習や固定観念に縛られたオーナーが対応できていない」というポイントについても指摘。今回は、そのギャップの解消法についてもご紹介します。――

　従来の賃貸住宅では、立地や賃料、床面積などの諸条件に加え、内装や設備の新しさなどが入居者の評価の対象になっていました。しかし、ハプティックで提案している賃貸住宅のリノベーションでは、そうした物質的な内容よりも、雰囲気や質感といった感覚的な面を重視しています。小倉さんは、それを「どこにもない普通」と表現します。

「今の入居者は、ぴかぴかのクロスやフローリングを求める人ばかりではないととらえています。ゴージャスさや高級感といったものとは違う価値観がある。肌触りや色味がよくて質が高いけれども、決して豪華なわけではないもの。落ち着いて日常を楽しめる空間を求めているのではないでしょうか。特別な空間ではなく、普通に暮らせる場所が必要なのだと思っています」。

　経済的に成長が見込める時代ではなく、収入が上がるごとに住み替えていくようなことも今はありません。長く落ち着いて暮らすことが、一般的な住まい選びの前提になってきています。「マンションは環境や立地条件のいい敷地から建っていきます。だから今どきの新築マンションよりも中古物件のほうが環境がいい、ということも十分にありえます。最近の入居者はそのあたりの事情もよくわかっていて、必ずしも建物の新しさにはこだわらなくなってきている。むしろ、家賃等が手頃になっている中古マンションの方を評価する傾向が感じられるのです」。

　そうしたニーズの変化に対して、中古物件のリフォームは未だに内装や設備機器の更新程度にとどまっているのが現状です。「住み替えを前提とした一時的な住まいであればその程度でも十分だったかもしれませんが、じっくり腰を据えて生活を楽しみたいという人には満足できない仕様が多すぎます」。　そこを踏まえてハプティックのリノベーションで重視しているのが、内装の質感です。清潔感のある白い塗装、木製の幅木、そして無垢のフローリング。とくに床材は触れ心地のよさにこだわり、柔らかく温かみのあるパイン材としっかりとした堅さのあるオーク材が標準に。「無垢材は生活の背景としてもインテリアのベースとしてもキーになるアイテムです。場の雰囲気がこれで決まる」。

　また生活の中心となるキッチンも、大手キッチンメーカーと提携し、シンプルなオリジナルの製品を開発。収納量も十分に確保した使い勝手のいいキッチンです。　そのほか、ライティングレールを採用して照明の位置を柔軟に変えられるようにしたり、玄関にオリジナルのコートハンガーを設けたり、かゆいところに手の届くような配慮が盛り込まれています。「なるべく入居者の使い勝手に合わせて簡単にカスタマイズできるように心がけています。賃貸住宅では入居者自身が大がかりな改装をできませんから、最初から求められる要素を用意することが大切」。

　しかし、ハプティックのリノベーションプランは、決して豪華なものではありません。「スケルトン状態にして全面的に手を入れれば、確かにまるきり違う空間に仕立てることができます。一生住むような分譲物件ならそれもいいかもしれませんが、賃貸物件でそんなに改装費にコストをかけてはバランスがよくない。入居者への賃料にも影響が及んでしまいます」。

　だから、現状の間取りや状況を生かすことが前提になります。たとえばリビングに隣接する和室を完全になくして間取り変更するのではなく、洋室に変えて、押入をクロゼットにつくり変えたり。余分な水道工事が発生しないように水回りの位置も基本的に動かしません。「あえて分譲物件のグレードにまではコストをかけない」。　費用対効果を念頭においたうえで、入居者のニーズに対応するハプティックのリノベーション。手掛けた物件の約半数で、リフォーム利回り10％超を実現しているという実績にも納得がいきます。

ハプティックがリフォームした、シンプルで使いやすいキッチン。

ハプティック株式会社代表取締役 小倉弘之（おぐらひろゆき）: 東京大学経済学部卒業。建築への想いから竹中工務店に入社。住宅 / オフィス/商業施設の企画、収益モデル構築、地権者対応等を実施。その後、ボストンコンサルティンググループにて、大手企業の新規サービス立ち上げ、小売店舗改革、経営計画策定支援等を実施。
2009年12月、日本の住宅の質向上を目指し、ハプティック株式会社設立