1. 家の時間トップ
  2. 暮らしのエッセイ
  3. 「三角の家の田中です」
  4. この家で6年が経ちました

>バックナンバー

「三角の家の田中です」


石灰クリームの壁は光をやわらかくバウンドし、拡散させる効果が。独特のぬくもり感や風合いは、6年経った今もほとんど経年変化を感じさせません


遊歩道側から見た三角の家。住宅密集地なので側面の開口は最小限にし、三方ガラス貼りの棟屋から光を取り込んでいます。シンボルツリーのネグンドカエデは2年目に植えました

2010年07月21日更新

この家で6年が経ちました

こんにちは。三角の家の田中です。

早いもので、この風変わりな家に住み始めてから、この夏でまる6年になります。小学生だった子どもは高校生になり、その歳月を感じることもありますが、この辺りの、都内とは思えない緑の濃さは相変わらず。
わが家の庭の面倒にも熱心な「緑の手」を持つご近所の方々とのおつきあいなど、ゆるゆるとした穏やかな時間が流れています。

ところでよくよく考えてみると、6年というのはわたしが親元から独立して以来、同じ場所に住み続けた最長記録。これまで、賃貸アパート→郊外分譲マンション→都区部分譲マンションと住み替えてきましたが、住みはじめて4~5年すると、ムズムズと落ち着かなく居を変えたくなりました。

どの家も新築での入居だったので、最初はピカピカ、格好いいデザインの最新設備ばかり。特にバスルームやキッチンなどの水廻りは、5年ごとの引越しのたびに進化の過程を目の当たりにしてきました。

でも、設備はその後もどんどんモデルチェンジが進みます。そうなると、それまで気に入っていたデザインや機能のありがたみが薄れ、ちょっとメンテナンス性に欠けるかな...なんてことが気になりだします。
パーツが複雑な形で手が届きにくく、作り付けなので取り外すこともできず、掃除がとても大変。説明書を読むのも大変なハイテク機器、素人が分解して大掃除するわけにもいかず、「壊れている」わけではないので、修理を頼むわけにもいかない。

悶々とします。このままどんどん劣化するしかないのか...そうだ、引っ越そう。家をまるごと新しくしよう。家もモデルチェンジだ。...という乱暴な深層心理、引越しのきっかけとして、どこかで働いていたように思います。


ところで、6年が経った三角の家。不思議なことに、こうしたことが全く気になりません。もちろん、それなりに床や水廻りに使用感は出てきているし、壁に小さなヒビが入ってきたりしていますが、これまでのように悶々とした気持ちにはならない。むしろ、こうした経年変化はわたし達がこの家で時間を刻んできた証のようで、愛しさすら感じるのです。

なんでかなと考えたところ、そもそも、この家には作り付けのハイテク設備がほとんどないことに気付きました。
キッチンテーブルはモルタルで作り、シンクは理科室で実験道具を洗う時に使うような無骨なもの。ガス台もオーブンも作り付けではなく、据え置き型です。お風呂も洗面台も同じく木工で型をつくり、モルタルで仕上ただけのシンプルな形。
掃除のしやすさは比較になりませんし、流行のデザインでないぶん型落ち感もありません。前回のコラムで書いたように、自分で必要な部分だけ修繕することもできるという安心感もあります。

また、壁紙や化粧合板フローリングのような素材を使用していないことも、見た目の劣化を感じにくい原因だと思います。これらは時間が経つとどうしても新築時に比べて見劣り感がしてしまいがちですが、三角の家は石灰クリームの壁にシナベニヤの床。年月とともに深まる味わいとして前向きに捉えられるのです。

家族で過ごした時間を染み込ませ、少しずつカドが取れていくほどよい風化感の心地よさは、建築家の家などを拝見して感覚としては以前から理解していたものの、この家に住みはじめて改めて認識することができました。
7年目に入ったシンプルでローテクな三角の家。ここで起こる時間の流れを、いつまでも楽しんでいこうと思います。

ページトップへ