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パリで暮らす、食べる、遊ぶ

ルーアン

カルティエ、ジベルニー

2011年01月19日更新

もう一つの、パリを走ろう物語<その2>

こんにちは、アリオです。前回は、ペーパードライバーなのにノリだけでボロい中古車を買ってしまった話を書きましたが、今回はその続きです。

車を買ってしばらくは、運転が怖くて車に乗り込むことはなかったのですが、ある日曜日の早朝、勇気をもって車をソロリと発進させてみることにしました。数年ぶりなので、ハンドルさばきもウインカー出すのも覚束ない。「朝早いから人通りも車もないし、快適に運転できるはず」と自分を暗示にかけつつ、ゆっくりとアクセルを踏みます。もちろん、カーラジオも携帯電話の電源もオフ。細い路地は怖すぎるので、最初は思い切って大通りを進むことにしました。広々して信号も見やすいし、なんら問題はないはずでした。ところが、運転し始めてすぐ、「何かがとっても怖い!」と感じはじめたのです。それは運転を久々にするから、というのとは違う。何かがヘンなのでした。
 
 そうだ、それは、車線がないこと!道路は軽く三、四車線分あるくらい広々なのに、白い線も、点線もひいていない。だから自分が正しい場所で走っているのか分からない。周りの車はそんなことお構いなしにビュンビュン飛ばしているし、バイクは自由自在に蛇行運転。私はまもなくパニック状態に陥りました。自分が真っ直ぐ走っていても、左右を走っている車がいつのまにか寄ってきて、「ひゃあ、ぶつかりそう!」という穏やかならぬ事態が多発するのです。それでもって、信号が青になると、全員がよーいどん!とばかりに発車させ、道路の空いているスペースをめがけて突進。なんなんだ、ここは!?無法地帯!?

 でも、もう車は買ってしまった。とにかく、慣れなければいけない。慣れなければ。と自分にプレッシャーをかけ、その日は車の流れにのって、とにかく運転しまくりました。目指す場所なんかありません。とにかく走る、走る。大通りから小道に入ったり、小道から大通りに入ったりして、三時間ほども、町をグルグルしているうちに私は悟ったのです。ここはとにかく、誰かにぶつからないことを優先して走れれば何でもいいのだ。信号も、ルールも、ポリスも関係ない。ぶつかりそうになったら避ける、止まる、抜かすなどの瞬時の判断力と本能に従うのがパリの運転なのだ!

 これは大発見でした。運転しているうちに数年のブランクが消え、運転好きの本能がむくむくとわきあがり、どんどん楽しくなってきました。そして、その日パリでもっとも難しい交差点といわれる凱旋門近辺の12本の大通りが交わるスクランブル交差点を上手く切り抜けると完全に自信満々になり、「そうだ、旅に出よう!遠出しよう!」と早くも盛り上がったのでした。

週末、仲の良い女友達を「二泊三日でドライブ行かない?」と誘うと「いいよ!」とのってきてくれました。勇気ありますよね。私たちは小さなカバンとCDを積んで、さっそくパリから南西に車を走らせてみることにしました。その先にあるのは、フランスの食料庫とも呼ばれるブルゴーニュ地方。特に白ワインが有名です。なので、ワイナリーめぐりでもしながら、素敵な古い街でも見て、名物エスカルゴを食べてみよう、というノンビリした計画。

 高速を150キロくらい走ったところで、一般道に下りてひたすら南西に走ります。ドライブは快調。車は、人間に例えるとよぼよぼの老人と言った年齢だけど、新たなオーナーの私の期待に答えようと頑張っている様子。土の匂いで一杯の畑のど真ん中を、舗装道が一心に伸びていて、風が気持ちよく、思わず、連れてってカントリーロード♪などとろくに知りもしない外国語の歌を口ずさんでしまいます。

初日は昔風の時計台のある小さな街で、早速エスカルゴを賞味。お皿の上に並べられたカタツムリはニンニクとバジルが利いていて食欲全開。その夜は、古いお城のある風情の街で一泊することに。星がきれいな夜で、二人ともワインをたっぷり飲みシアワセ一杯に眠りにつきました。

二日目は朝早くから車を走らせ、念願のワイン街道へ。道沿いには、太陽を燦燦と浴びた葡萄の木々が、丘陵のはるか先まで続いています。沿道には、小さなワインメーカーの倉庫が点々と佇んでいます。 「試飲できます」と書かれたワイナリーに、とにかく片っ端から寄ってみます。入ってみればどこもお客さんは私だけ。暇そうなワイナリーオーナーたちが小さなグラスに赤や金色の液体をついでくれます。一応運転中なので、飲み込まないでワインを壷に吐き出してのテイスティング。いやはや、どれもこれも、個性的でしびれるような味です。気づけば、あっという間に計10本ほどのワインがトランクにほうりこまれました。

三日目。なんか素敵なモノがこの先にありそう、という第六感を信じつつ適当に進むと、フランシュコンテ、という地方にたどりつきました。コンテチーズが有名な一大酪農地域。ここはもうスイスとの国境にちかく、アルプス山脈もすぐそこ。風光明媚な景色に惹かれて、でたらめに農道を走っているうちに、深い崖の谷間に中世そのままの石の家が並ぶひなびた村を発見!童話の挿絵に出てくるような所です。家の軒先には、花が飾られ、住民が日向っこをしています。村のあちこちではヤギが草を食んでいます。村の真ん中にはキラキラと透明な小川がゆったりと流れています。車の音も聞こえない。木々の合間から柔らかく照りつける太陽が気持ちいい。ほんとに時が止まったような場所なのです。

こんな素敵な村に出会った記念に何か買いたいね、と話していると、「ヴアン・ジョーヌ(黄色いワイン)]という名産品を発見。テイスティングさせてもらうと、これがまた甘く濃厚な逸品で、さっそく購入。

そうこうしている間に午後になり、パリに戻らねばならない時間になってしまいました。再びガソリンを満タンに入れ、気合を入れなおし、今度は西へ、西へと車を走らせる。夜十時ようやくうちにつきました。総走行距離は1200キロちょっと。後に調べてみると東京-熊本間に匹敵するようでした。家に帰ると、満足感でいっぱいでした。車が運転できるようになって本当に良かった。その日から私がフランス全土を運転しまくるようになったのは、言うまでもありません。

パリ在住 カオリ・有緒(アリオ) 

カオリ・有緒(アリオ) プロフィール
*カオリ
早いものでパリでの生活、11年目に突入。毎日、セーヌ川左岸にある職場と家の往復のみで、いまだにマレ地区に足を踏み入れたことさえないくらいのパリ音痴。アメリカに暮らす夫と遠距離結婚中。

*有緒(アリオ)
ほんの1、2年ほどのつもりが、気づいたら6年目近くにも及ぶパリ生活。日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われながらも、のほほんとした毎日。住んでいたのはサンジェルマンデプレといえば聞こえがいいだけの、築二百年近い古びたアパルトマン。趣味は、友人に料理を作ることと、アンティーク家具や骨董品などのガラクタを買うこと。 最近、東京に拠点を移しましたが、まだパリと行ったり来たりが続きます。最近初の著作となる「パリでメシを食う。 (幻冬舎文庫)」を出版しました。

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