2010年08月17日更新
パリ・夏至の夜のシアワセ
パリ在住十数年にもなる友人のカメラマンはよく、「パリはよく路上でドラマが起こっているんだよ。おかげで路上で面白い場面がいっぱい撮れる」と言います。たしかにパリでは、「道」はただ歩くための場所なんかではありません。人々はけっこういろんなことを道端で行っているのです。一番良く知られているのは、やっぱりカフェ文化。人々は路上にぎっしりと張り出したテーブルでご飯を食べ、ワインを飲み、政治や愛を語らいます。そして、その傍らでミュージシャンたちはジャズを奏で、アーティストは作品を売り、大道芸人はパフォーマンスを披露。もちろんそんな派手な楽しみ方である必要もなく、ただベンチで静かに本を読んでいるひともいるし、犬や子供を連れていつまでもぺちゃくちゃ喋っている人々も。そんな路上の風景を眺めていると、「この町って、なんて平和なんだろう」って感じちゃいます。ある時、パリジェンヌの友人に「何でパリってこんなに路上カルチャーが発展したんだろうね」と聞いてみたら、彼女は少し考え込んで、「うーん、だって家にいてもつまんないじゃない?アパートは狭いし、日当たりもイマイチだし、だいたい夏なんかクーラーもなくて暑いから、家にこもりたい気分にならないもの」とのことでした。さらにパリではちょっと暑くなってくると、誰もが「ねえ、ピクニックやろうよ!」とソワソワし始めます。
「仕事帰りの夜7時に待ち合わせね、私はビール持っていくから」
「うん、じゃあ私バゲットとパンでも持っていくよ」
「OK、じゃあ公園ついたらお互い電話しあおうね」
なんて会話が日常的に交わされます。それも週末だけではなく、平日の夜も。パリの初夏は夜十時くらいまで明るいので、いつまでもまるで昼間のように太陽の下でピクニックが楽しめます。なので、仕事帰りはレストランなんか行かずに、外で一杯やるのがパリらしいの夏の夜の過ごし方。パリに引っ越して来たばかりの頃は、「ええ?仕事帰りにピクニック?すごーい、面白い!」と感動したものですが、私も今では夜風に吹かれながら冷えた白ワイン飲むのがすっかり夏の日常と化してます。そんな時に出かけて行くのは、公園だけではなくセーヌ川の近辺やサンマルタン運河沿いの遊歩道。セーヌ川には、自動車が一切通らない歩行者専用の木製の橋があって、そこは夏ともなればまっすぐに歩行できないほどピクニック客でごったがえしているんです。
そんなパリの路上文化のシンボルともいえるのが、フェット・ドゥ・ラ・ミュジック(音楽祭り)だと思います!このイベントの趣旨はとてもシンプル。一年に一度、夏至の夜だけ、誰もがパリの路上のどこででも音楽を奏でてよいですよという、路上音楽解禁の日なのです!ロックバンドも、聖歌の合唱団も、アフリカの民族音楽も、舞踏ダンサーも。みんな入り混じりながら、パリの町中のどこもかしこも音楽でいっぱいにします。そこには、プロもアマチュアもなく、純粋に音楽を奏でる喜びと幸せがあふれていて、見ているほうもとってもハッピーなんです。一人でオペラを朗々と歌いあげるもよし、大勢でクルクルとサルサを踊るよし。とにかく誰もが自分のお気に入りの曲を次々と披露。私の友人たちも「今年は音楽祭りでデビューしよう!」とか言いながら、ロックバンドの練習に励んでいます。
このフェット・ドゥ・ラ・ミュジック、楽器を弾かない私たちにとっても、かなり楽しめる日です。友人たちと連れだって街角を歩きまわり、自分のお気に入りのミュージシャンを探します。夜風に乗って聞こえてくる一筋のバイオリンの調べをたどって歩いたり、人ごみ集まる人気グループに聞きほれたり。その祭りは延々と深夜まで続きます。多くの人が、この非日常感にあふれた不思議な夏至の夜を心待ちにしています。まあ、夜早く寝たい人にははた迷惑きわまりないイベントでもありますが。だって、夜中の二時くらいまで、このお祭り騒ぎは続くので。
さて、この世界でも珍しいイベントは、今の市長のドラノエ氏が就任してから始まったもので、パリ市庁の主導のもとに執り行われているというのがだからちょっとビックリですよね。お役所離れした発想なだけではなく、とても寛容で、シンプルな方法のイベントです。大金はたいて有名ミュージシャンを呼ぶわけでもなく、大げさな舞台も必要なく、「ただ誰でも音楽をひいていいよ」と宣言するだけで、こうしてハッピーな一夜が生まれるのだから、やっぱりパリってすごいなあと思います。
- カオリ・有緒(アリオ) プロフィール
- *カオリ
早いものでパリでの生活、11年目に突入。毎日、セーヌ川左岸にある職場と家の往復のみで、いまだにマレ地区に足を踏み入れたことさえないくらいのパリ音痴。アメリカに暮らす夫と遠距離結婚中。*有緒(アリオ)
ほんの1、2年ほどのつもりが、気づいたら6年目近くにも及ぶパリ生活。日本では考えられないようなトラブルに日々見舞われながらも、のほほんとした毎日。住んでいたのはサンジェルマンデプレといえば聞こえがいいだけの、築二百年近い古びたアパルトマン。趣味は、友人に料理を作ることと、アンティーク家具や骨董品などのガラクタを買うこと。 最近、東京に拠点を移しましたが、まだパリと行ったり来たりが続きます。最近初の著作となる「パリでメシを食う。 (幻冬舎文庫)」を出版しました。